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自転車で高円寺まで行く
片道2時間かかるけど三限後学校出て2時間高円寺にいると春と梅雨の間の今の日の長さで帰りが暗くなる過程と重なって空の変化に感動する。
五日市街道沿いに洋風の建物の古き良き喫茶店を見つけた。好きな人と来たいけど遠いから来るの断られそうだと思った。玉川上水は遊歩道に赤色のランプがついて気持ち良い。一緒に歩いたらドキドキするだろうけど私の自己満足に付き合わせるのは悪いから言わない。共有したいことってどれくらい伝えるべきかわからない。多分相手は興味ないこともあるだろうし嫌われたくないって思ってしまう自分は醜い。話したい内容もロマンチックを求める女の子を自覚してしまうからみっともない。今までの自分と違うから認めたくない。それを聞いて微妙な反応する相手の顔も見たくない。
ダイエットの目的の比重が大きい自転車移動だけど、私が可愛くなることはあるのだろうか。日焼けしないように帽子をかぶったり信号機の待ち時間で日焼け止めを塗り直したりするけど無意味な気もする。過大な希望を持って生きることを心がけてるから力を尽くすけど、それが永遠に不可能に近いという絶望もある。私が私だからなのか、成果を得られない恐怖が常にある。可愛くなって好きな人の一番になりたいが、それは実感を得ることが難しく果てしなく遠い道に感じる。しかしそれに尽力を尽くすしかないのである。
恋しい
恋愛の概念を考えている。その人の外側(外見とか存在仕方とか)を好むのが恋することで、内側(性格とか考え方とか)を好むのが愛することだとしたら、まわりの人みんなに恋愛してることになるのである。お互いに影響し合って、唯一無二の存在になることも複数人となり得るのである。私は一生処女のままなのかもしれない。
もみあげの産毛
顔を近付けるともみあげがあったから、めくってみた。産毛が生えていた。この子が成人男性だったら、この毛は顎髭と繋がってるのかなと撫でながら思った。
わたしはたぶん実在してる成人男性のもみあげの産毛が気持ち悪い。
だからそのうちその産毛を見て、ただただぼーっと顎髭との繋がりを考えられるようになったら、それこそ愛かもしれない。いつか成人男性の気持ち悪いところとか汚いところを許容していくけどそれも良いことかもと思った。
ダイエットって言ってる女は常に選択して生きてる自覚があるのだろうか





